君よ生きて

kimi

解説

終戦直後にソ連によって行われた日本人の「シベリア抑留」と抑留地からの帰国である「引揚」を物語の主軸に、台詞・歌・音楽・ダンスを交えて贈るオリジナル音楽劇。

現代と終戦直後の強制労働地(シベリア)を巧みに交錯させながら、「生と命」をめぐる先人たちの苦悩、現代人の葛藤と成長、そして命のありがたさを描いた感動作である。

脚本や演出などの舞台制作にあたっては、「引揚」の舞台のひとつである京都府舞鶴市の全面協力のもと、2015年10月にユネスコ世界記憶遺産に登録された「引揚記念館」所蔵資料の閲覧や生き証人である帰還者へのヒアリングを行い、史実考証と多くのインスピレーションを得ている。

演出・脚色は望月龍平、脚本にまきりか、音楽はシンガーソングライターのユウサミイが担当。

キャストには、小西のりゆき、伊東えり、武藤寛、青木結矢ほか、ミュージカルからストレートプレイまでを幅広くこなす多彩な俳優陣たちで構成されている。

2013年3月初演。2015年には戦後70年記念として全国公演が行われ、多くのファンを獲得した。

スタッフ・キャスト

屈指の実力派シンガー・舞台俳優の小西のりゆき、伊東えりをはじめ、元劇団四季の武藤寛と谷口あかり、青木結矢、平川めぐみ、武田優子、柴田桃子、石橋佑果、高橋航大など、芝居・歌・ダンスとマルチに才能を発揮するキャスト陣が本舞台に集結。また音楽を担当するミュージシャンには、楽曲提供・音楽監督のユウサミイ(ギター、ヴォーカル)の他、ピアノとバイオリンが加わり、ライブで演奏し舞台を彩る。

物語

夜の舞鶴港。小樽から到着したフェリー。人生に不安を抱え、あてのない旅をするトモキは亡くなったはずの曾祖父、善吉と出逢い、時空を超えた旅に誘われる。たどり着いたのは第二次大戦後。シベリアの収容所でトモキはなんと「善吉」として生きることになり…

各種リンク

 

2015年のプレスリリースより

音楽劇『君よ 生きて』は、現代に生きる20代の青年(モトキ)が、亡き曾祖父(善吉)の魂に誘われ、時代を超えて、第二次大戦の終焉直後に起こった悲運ともいえる「シベリア抑留」の過酷さを体験するというもの。

シベリアを舞台にした場面でのコスチューム

芝居の舞台となるのは、現代の日本、シベリアのラーゲリ(収容施設)、そして抑留者たちの生還地となった「岸壁の母」で知られる舞鶴港。時代考証は舞鶴市と「引揚げ記念館」の全面的なバックアップのもと、様々な資料をもとにして行われた。また、実際の抑留体験者たちとも面会し、語られた内容を芝居作りに生かしたという。

ひとつの舞台で時間と空間を巧みに変えながら、音楽劇『君よ生きて』が伝えようとしているのは、戦争という過去についての言及ではない。演出を担当した望月龍平はこう語る。

「もちろん、多くの先人たちが犠牲になったシベリア抑留という史実を忘れてはいけない、というメッセージはベースにあります。しかしもっと伝えたいのは、過酷な中を必死に生きようとした先人たちの姿であり、想いです。

その想いとは、命のバトンを何とかして次代へとつなげたい、そして、日本をより良い国にして欲しい、そんな切実な想いなのです。

戦後70年のいま、果たして日本はそんな先人たちが願ったより良い社会になったのか?命のありがたさを誰もが感じ、自他の命を軽んじるようなことのない社会になったのか? 一人ひとりが、自分にできる形で、次代へと何かのバトンを渡そうと必死に生きているか?

そんなことを自分も含め、音楽劇『君よ生きて』を通して、みんなで考えてみたい」。

演出中の望月龍平

シリアスなテーマを根底にもつ『君よ生きて』だが、笑いを演劇の重要な要素と考える望月演出において、ユーモアセンスあふれるキャラクター設定も行われている。中でも、ストーリーをリードする抑留体験者である曾祖父(善吉役・小西のりゆき)が、本作の登場人物の中でも、いちばん明るくひょうきんなキャラクターとして登場する。

「取材でお会いした抑留体験者の方が、『そう悲惨な体験ばかりではなかったよ』と笑顔で語られたのを聞いて、善吉は希望の光を投影させた明るいキャラクターにしよう、そう思ったのです」(望月氏)。

しかし実際には、極寒のシベリアでの重労働は、人を極限状態へと追い込む。それでも必死に生へしがみつこうとする先人たち。それは無事日本に帰還し、「命のバトン」を次代へと繋ぐことこそが、彼らの生きる希望だったからなのだろう。

笑いと涙、そして、随所にちりばめた歌・音楽によって、『君よ生きて』は観る者に「命の重さ」訴えかける。

望月氏はこう語る。

「必死に生きようとしてくれた先人たちがいたからこそ、今の僕たちの命がある。その日本人の誇り高き魂を語り継いでいきたい。そして、命があることは当たり前ではなく、奇跡にも近いものだという感謝の思いを呼び覚ましたい。それが舞台人の僕に託された次代へ繋ぐべく『命のバトン』なのではないか。

戦後70周年の今年、そんな思いを込めて、この作品を全国展開させたいと思っているのです」。

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